1980年代の誕生により、エレクトロニクス業界に大きな変革をもたらしたIGBT。
絶縁ゲート型バイポーラ・トランジスタとも言われ、日本発の技術となります。
パワー半導体の一種で、主に電力制御に用いられるものです。
大電流下での使用が適しているにもかかわらず比較的高速。しかも小型化・低コスト化が容易とあって、今では多くの大型家電や輸送機器において欠かせない存在となってきました。
この記事では、エレクトロニクス産業の根幹を担うIGBTについて、原理や仕組み、取り入れるメリット。そして使い方などを徹底解説いたします!
目次
1. IGBTとは?
IGBTは、Insulated Gate Bipolar Transistorの省略形です。
絶縁ゲート型バイポーラ・トランジスタという意味で、パワー半導体デバイスの一種となります。
パワー半導体は、電源電力の制御や供給を行う半導体のことです。
同じ半導体素子であるCPUやメモリが司令塔だとしたら、パワー半導体は指揮官のようなものでしょうか。
具体的には、コンバータ(整流器)やインバータ(逆変換装置)、レギュレータなどが挙げられます。
私たちの身の回りの、あらゆる電子機器の電力部分で活躍してくれる重要な素子と言えるでしょう。
そんなパワー半導体の中でも、IGBTはトランジスタを用いた機器となります。
トランジスタがシリコン製であることから、Si IGBTなどと表記することもあります。
可変速駆動装置や電力変換器といった電力制御を目的に使用されますが、「理想的なパワー半導体」と呼ばれるような条件が揃っています。
高耐圧・低オン抵抗。大電流下での使用に適しているのに比較的高速。それに加えて小電力で高電力駆動が可能なのです。
「理想的」と表現しましたが、誕生は1980年代とあって、決して最新世代ではありません。
IGBTよりさらに高性能なSiC(シリコンカーバイド)などの新素材を利用したパワー半導体も増えてきました。
しかしながら使い勝手の良さ、低コストなことからも、IGBTは優秀なパワー半導体に他なりません。
事実、ハイブリッド車や電気自動車、電車などの大型のモータや、エアコンや洗濯機、IH調理器などのインバータとして、今なお幅広い分野で高いシェアを誇っています。
2. IGBTの原理と仕組み
IGBTの原理と仕組みについてご紹介いたします。
① 原理と基本構造
IGBTはトランジスタの「増幅」「スイッチングによるオンオフ切り替え」という特性を原理にしたパワー半導体です。
その基本構造を簡単に言うと、MOS FETを入力部分に組み込み、出力部分にバイポーラ型トランジスタを組み込んだものとなります。
パワー半導体にはMOS FET型とバイポーラ型とが存在しますが、このハイブリッド型と言えます。
IGBTの仕組みを理解する前に、トランジスタについて簡単におさらいしておきましょう!
② トランジスタとは
トランジスタは主にシリコンで構成される半導体で、三つの端子を有する電子部品です。
入力端子から外部信号を受け取った後、残りの二つの端子でスイッチングを行い、所望の電源電圧や信号へと変換させるために用いられています。
トランジスタには、ユニポーラ型とバイポーラ型とがありましたね。
なお、IGBTはユニポーラ型であるMOS FETとバイポーラ・トランジスタで構成されている、ということになります。
前者は正孔と自由電子のどちらかのみが動作に関与するもの。後者は正孔と自由電子がお互い動作に関与し合うものを指します。
この説明は以下で重要になってくるので、確認しておきましょう。
※トランジスタについて詳しい振り返りはこちら
トランジスタとは?
トランジスタ(PNP/NPN)の記号と基本回路
③ MOS FETの仕組みを知ろう
前述のように、MOS FETはユニポーラ型トランジスタです。
MOSとはMetal Oxide Semiconductor。意訳すると「入力端子の金属に酸化膜を張った半導体、ということです。
FETはField-Effect Transistor。電界効果トランジスタのこととなります。
MOS FETは電界効果トランジスタにおいて現在は主流。IGBT以外のパワー半導体でもMOS FETを用いたスタイルが現在広く用いられています。
MOS FETに付属する三つの繋がれた端子はそれぞれゲート、ソース、ドレインと呼ばれます。
ゲートが入力端子で、そこから電圧を印加するとゲート表面に電子が集まり、ソースとドレイン間にチャネル(橋)が生成され、電子移動が発生し、電流が流れるという仕組みです。
さらにここにバッグゲートと呼ばれる端子が追加されており、ソースと内部で直結されますが、回路図などではしばしば省略されます。
MOS FETは非常に高性能なトランジスタで、精密な制御を実現します。
高速スイッチングが可能で、低損失なのです。
先ほど「理想のパワー半導体」のところでも少し触れましたが、スイッチ素子は電力を流した時、一部が熱となって逃げてしまう現象があります。
これを損失(または電力損失)と呼びますが、MOS FETはこれがきわめて低く、高い効率での使用が可能なのです。
パワー半導体におけるMOS FETは主にエンハンスメント型(電圧印加していない時には電流が流れないもの)が用いられます。
また、土台にはp型半導体、電極にはn型半導体を組み合わせたNチャネルMOS FETが主流です。
このNチャネルはPチャネルに比べて電子の移動度が高く、小型サイズでも高効率が見込めます(p型だと前項でご紹介したように正孔に電子を移動させる仕組みのため、正孔が動きづらく、かつ比較的ボリュームを持ってしまうことからコストが高くなりがち)。
一方でMOS FETの耐圧性は低く、高圧下での使用はお勧めできません。
高耐圧製品がないわけではありませんが、耐圧性が高くなるほどオン抵抗も高くなり、損失が大きくなってしまいます。
④ バイポーラ・トランジスタの仕組みを知ろう
バイポーラ・トランジスタは、半導体の中の正孔と自由電子がお互い動作に関与し合う、と述べました。
さらに、p型半導体とn型半導体を組み合わせて使用します。
どういうことかご説明いたします。
p型半導体は正孔と電子があり、n型半導体は電子が余分に余っている状態、でしたね。
この二つを繋ぎ電流を流しても、それぞれ極性の異なる電流が流れているため、電極に電子が張り付いてしまいます。
つまり、p型-n型間を電流が流れることはありません。
そこで、n型半導体を一つ追加し、p型半導体を二つのn型半導体でサンドイッチしてみます。
それぞれの半導体から一つずつ端子が出ており、それらをエミッタ、ベース、コレクタと呼びます。
これは、MOS FETにおけるゲート、ソース、ドレインに当たります。
この状態でそれぞれの端子に電圧印加すると、もともとあったp型とn型は電極に電子が張り付きますが、追加したn型端子(エミッタ)は同じ極性のn型に電子が引っ張られ、エミッタ側から向かい側にいるn型端子(コネクタ)側へ電流が流れる状態となります。
さらに、真ん中に位置するp型半導体(ベース)の正孔を調整することによって、流れる電流を制御することもできます。
このように、正孔と電子お互いのキャリアで動作を補い合うことからバイポーラ(二つの電極)と言うのですね!
なお、二つのn型半導体でp型半導体を挟むスタイルをNPNトランジスタ、p型半導体でn型半導体を挟むスタイルをPNPトランジスタと呼びますが、現在はNPNが主流となります。
バイポーラ・トランジスタは小さな電流に対し、数十~数百倍もの出力電流を実現できます。
この増幅率の高さにもかかわらず非常に安価なことから、長い歴史の中で愛され続けてきました。
ただし、消費電力が大きく動作速度に限界がある、という弱点も述べておかなくてはなりません。
⑤ IGBTの仕組みを知ろう
トランジスタについてある程度おさらいしていただいたところで、IGBTの仕組みの解説をいたします。
IGBTの構造は非常に複雑なのですが、仕組み自体はシンプルです。
基本的には、エンハンス型nチャネルMOS FETのドレイン部分に、p型半導体を追加し、PNPバイポーラ・トランジスタの構造にしたもの、と説明できます。
入力はMOSFET、出力はバイポーラ・トランジスタといったイメージです。
MOS FETは通常、バックゲートがソースに直結しており、オフ時に逆起電力で回路が破損しないよう電力を逃がすために寄生ダイオードが設置されているのですが、
IGBTではこの寄生ダイオードは設けず、p型半導体を追加している形となります。
IGBTでは所有する端子の入力部をゲートと呼びますが、ソースはエミッタ、追加したp型側はコレクタと呼び、やはりMOS FETとバイポーラ・トランジスタのハイブリッドであることがわかりますね。
ゲートに電圧を印加するとMOS FETで電流が流れ、それがp型半導体に流れます。
バイポーラ・トランジスタは電流電圧を増幅することができるので、印加した電圧よりも大きなオン電流を流すことが可能となります。
IGBTはバイポーラ・トランジスタとなったことで正孔・電子を使って動作を行うこととなり、スイッチング速度はMOS FETよりかは遅くなってしまいます。
とは言え多くのパワー半導体の中では比較的高速と言っていいでしょう。もちろん通常のバイポーラ・トランジスタよりかは高速です。
さらに、MOS FETの弱点であった耐圧性もIGBTはバイポーラ・トランジスタとハイブリットすることで克服しました。
MOS FETオンリーで、高耐圧の製品がないわけではありません。
しかしながら高耐圧になるほどオン抵抗が高くなり、結果として損失が大きくなってしまう、という特性もありましたね。
バイポーラ・トランジスタには「伝導変調率」という特性があります。スイッチをオンにした時には抵抗も発生しますが、正孔がn型層に入り込むことで抵抗が緩和され、電圧降下を抑える、というものです。
これによって損失も最小限に抑えられ、効率アップ。同時に発熱も最小限となります。
さらに、電流密度を高くしダウンサイジングすることも実現しました。
つまり、この仕組みから見るIGBTの利点として、
- 高速
- 小電力で大電流に増幅
- 高耐圧
- 低損失(電圧降下が抑えられる)
- 発熱を抑える
- 小型
このようなものを列挙することができます。
とは言え、MOS FETが劣ったパワー半導体かと言うと、そのようなことはありません。
IGBTは高速にはなったとは言うものの、MOS FETほどではないためです。
また、価格はIGBTの方が高くなるため、使用状況によっては宝の持ち腐れになってしまいます。
低耐圧ではMOS FETを、高耐圧ではIGBTを、と言ったように、使い分けたり、併用したりすることが広く行われています。
3. IGBTの使い方
IGBTを使えるようにイチから組み立てることは、結構大変です。
寄生ダイオードがないため追加しなくてはなりませんし、構造もどんどんアップデートされており、一種類ではないためです。
そのため、必要な機能を搭載し、パッケージングしたモジュールとして販売されていることが一般的です。
IPM(インテリジェント・パワーモジュール)という、IGBTにまつわる制御信号や増幅回路、保護回路、寄生ダイオードなどがひとまとめになった画期的な電子部品などもラインナップされています。
しかも小型化がどんどん進んでいるのも嬉しいところ。
こういったモジュールを使えば簡単に、時間をかけずに効率の良い電力制御が可能になりますね。
モジュールに搭載されたIGBTのゲートを入力端子とし、付属のスイッチを使ってオンオフして使用します。
ただし、製品によって搭載する機能は異なりますので、購入前にはよく仕様書を確認しましょう。
4. IGBTを購入する前に知っておきたいこと
IGBTの購入前に、必ず知っておきたいことがあります。
それは、絶対最大定格を少しの時間でも超えてはならず、実際の使用電流・電圧下を考慮して、余裕を持った製品を選ぶ、というものです。
MOS FETはアバランシェ耐量(ある一定の条件下であれば定格を超えてもすぐには破壊されないという特性)を有しますが、IGBTはそれがありません。
そのため、少しの時間でも定格を超えた電流・電圧印加は危険なのです。
- コレクタ-エミッタ間をショートし、その時電圧印加できる最大値
- ゲート-エミッタ間をショートし、その時電圧印加できる最大値
- コレクタ端子が許容できる電流
- 内蔵ダイオードが許容できる順方向電流
などといった定格を使用前に確認し、実際の電流・電圧から余裕を持ったスペックかどうかを確認します。
ASO(Area of Safety OperationまたはSOA)と呼ばれる、安全動作領域というものがありますので、ご確認ください。
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